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レッドクリフ PartⅠ&Ⅱ :サッカーの起源は戦争!!


レッドクリフ

 西暦208年、後漢の丞相の曹操は北部を平定した後、南部も制圧するために兵を進める。その目的は、天下統一に邪魔な劉備と孫権の抹殺だけでなく、今は周瑜の妻となった天下一の美人小喬の奪取する事にもあったが、対する劉備と孫権の2つの勢力は共に曹操と戦う同盟を結ぶ事となる。。。
。。。孫権は数万の軍勢を派遣し、劉備軍とともに長江の赤壁付近で曹操軍と相対し、両者互いに決戦のために水軍と陸軍を動かすのだった!!

三国志の戦いの中で最も有名な戦い「赤壁の戦い」を題材としたPartⅠとPartⅡ連なる映画大作です。

この映画ではPartⅠの末尾とPartⅡの冒頭に蹴鞠(しゅうきく)いわゆるサッカーのシーンが出てきます。

サッカーの起源は中国の伝統文化のこの蹴鞠でFIFA(国際サッカー連盟)はこの説を有力視しているようです。

紀元前300年頃の中国の「斉」と言う国で軍事訓練として競技されたのが始まりのようで。。。

「漢王朝」の時代には12人1チームでそれぞれ鞠を奪い合う形で、球門に入れた回数を競い合うという。。。

極めて現代のサッカーに近い競技、遊戯、娯楽として確立していたそうです。

「三国志」の時代にも盛んに行われていた事は想像に難くないと思われます。

★曹操★
蹴鞠がうまい
我が軍の誇る兵士だ
(中略)
蹴鞠の練習を積め
体を鍛えてこそ戦に勝てる



兵士達の足腰を鍛える、運動能力向上を目的に始まった物でしたが。。。

次第に競技、遊戯、娯楽となり、一般の人達の間でも行われるようになっていったと言われています。

蹴鞠は戦争から残虐さと悲惨さを取り除き、優美さとフェアプレーの精神を求めた物かもしれません。

戦争を起源に持つ競技、遊戯、娯楽は多くありサッカーもその一つです。(諸説あり)

★曹操★
我が軍は戦場では負け知らず
だが蹴鞠では―
一方的な勝ちは面白くない
赤壁の戦いの準備は万端整った
後は敵が どう鞠を蹴るかだ



舞台は整った曹操、劉備、孫権の三人の英傑の繰り広げる戦いの行く末は!!

果たして、諸葛孔明が赤壁で張り巡らせた策とは何だったのか!!

未来への最終決戦はいかなる結末をもたらすのであろうか!!





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